로그인アデル・グランツが王城の保護区へ逃げ込んだ翌朝、夫から二通目の申立書が届いた。
一通目は、妻による月誓契約上の同居義務違反を理由とした強制帰宅命令の申請。
二通目は、それよりさらに踏み込んだ内容だった。
「月律審理官による妻の不法な囲い込み……?」
執務室で書面を読んだミレイアは、思わず顔を上げた。
向かいに座るローデリクが眼鏡の位置を直す。
「文面だけ読むと、あなたが昨日の夜、道端から既婚女性を攫って王城へ閉じ込めたことになっていますね」
「私、そんなことをした覚えはありません」
「私も見ていましたので知っています」
「よかったです」
「私に疑われていたと思ったのですか」
「念のためです」
昨日は結局、アデルへ
第34話 政略結婚の王女が、私の婚約者を奪いに来ました エルヴァニア王国第三王女セレーネ・エルヴァニア。 二十四歳。 銀灰色の髪と琥珀色の瞳を持ち、獣化時には白銀の狼となる。 外交、古典法、五か国語に通じ、十三歳から王室外交団へ同行。十九歳で隣国との水利協定に参加し、二十一歳には王兄の代理として通商交渉をまとめた。 未婚。 正式な番は確認されていない。 そして二年前から、ノクシア国王アルドリックとの婚姻同盟候補だった。「……優秀ですね」 ミレイアは資料を三枚読み終えて、最初にそう言った。 月律審理官室の向かい側で、ローデリクが頷く。「かなり」「ものすごく優秀ですよね」「二度言いましたね」「だって」 もう一度、一枚目へ戻る。 どこを読み直しても優秀だった。 外交だけではない。 王立学院を首席で卒業。 慈善病院の監督理事。 王室所有地で農地税制の見直しにも関わっている。 政治婚の候補にされる王女というから、もっと「美しくて家柄がいい」という情報が並ぶものだと思っていた。 とんでもない。 普通に仕事ができる。 しかも。「白銀の狼……」 小さく呟く。「そこが気になります?」 ニーナが尋ねた。「別に」「今、そこだけ声が低くなりました」「気のせいです」「ミレイア様には珍しく、三回同じ資料を読んでいます」「仕事ですから」
第33話 王妃候補になった途端、あなたは私の話を聞くのですね エレオノーラ・ハルトマンから届いた申立書を読み終えたあと、ミレイアが最初に確認したのは、夫の肩書きだった。「ハルトマン子爵、ですか」 翌朝、月律審理官室で資料をめくっていたローデリクが頷く。「オットー・ハルトマン子爵、四十六歳。南部に葡萄園と牧草地を持つ旧家です。王都では貴族評議会の宗教慣習委員会に所属しています」「宗教慣習委員会?」「婚姻儀礼、神殿との折衝、古い家法などを扱う委員会ですね。法制委員会ほど強い権限はありませんが、保守派の発言力が強い」 嫌な予感がした。「以前、エレオノーラさんは『番から離れるのは月神への背信だと神殿に言われた』と話していました」「覚えています」「ご主人も、そういう考えなのでしょうか」「可能性はあります。ただ、まだ本人から聞いていません」「そうですね」 決めつけない。 最近、それを意識する場面が増えた。 エレオノーラと最初に話した時、彼女は夫から殴られていないと言った。生活費も十分。子供たちにも優しい。貴族社会では「何が不満なのか」と言われる家庭なのだろう。 だからこそ。『幸せでなければいけないの』 あの言葉が、ずっとミレイアの中へ残っていた。「それで」 ローデリクが別の紙を出す。「夫側から条件が来ています」「条件?」「聴取には応じる。ただし、月律審理官ではなく『国王陛下の正式な婚約者』として来るなら話す、と」 ミレイアはしばらく黙った。「……意味が分かりません」「私も最初はそう思いました」「同じ
第32話 契約婚約なのに、王妃候補と呼ばれています 狼王アルドリックとの婚約が公表された翌朝、ミレイアの部屋には青いドレスが届いた。 注文した覚えはない。 正確には、青い服を買いに行くつもりはあった。けれど橋の上で襲撃され、その後はアルドリックの負傷、月律審理官の資格停止、保証人問題、契約婚約と続き、服どころではなくなっていたのだ。 それなのに、寝台の上には深い青色の布地が広げられている。 冬の夜空のような色で、銀糸の刺繍が襟元と袖口に控えめに入っていた。「……ニーナ」「はい」「これは?」「王室衣装部からです」「どうして?」「本日の婚約公表後、初めての公式会見用です」 ミレイアはゆっくり振り返った。「公式会見?」「はい」「聞いていません」「昨夜決まったそうです」「誰が?」「王室広報局と評議会、それから陛下です」 最後の名前で、眉が上がる。「陛下も?」「はい」「私には何も」「伝令は昨夜来たそうなのですが、ミレイア様が寝ていたので、陛下が起こすなと」 それを聞くと怒りにくい。「でも、起きてから教えてくれても」「今、教えています」「そういう問題ではないでしょう」 ニーナは少し笑いながら、ドレスを持ち上げた。「それより、見てください。青ですよ」「それは見れば分かります」「ご自分で選びたかったでしょう?」 そこだった。 ミレイアはドレスを見る。
第31話 私は、運命ではなくこの婚約を選びます アルドリックから契約婚約を申し込まれた翌朝、ミレイアは机の上に十二枚の紙を並べていた。 昨夜、自室へ戻ってから書いた条件案である。 当初は三十条くらいになるかもしれないと思っていた。 実際には、二十七条になった。「多いでしょうか」 朝食後、月律審理官室へ顔を出したローデリクへ尋ねると、彼は最初の一枚を読み、二枚目を読み、三枚目の途中で眼鏡を外した。「婚約契約ですよね?」「はい」「国家間の停戦条約ではなく?」「そこまで多いですか?」「条項数より、細かさの問題です」 横でニーナが覗き込む。「どんなことが書いてあるんです?」「ニーナ」「見ません。見ませんけど、気にはなります」 ミレイアは自分でも少しやりすぎたと思っている。 けれど、考えれば考えるほど条件が増えた。 婚約期間は最長六か月。 月律審理官の常設法制化が完了し、ミレイアが独立して職務を継続できるようになった時点で、双方の意思を改めて確認する。 どちらか一方が解消を希望した場合、理由の開示を義務づけない。 婚約を理由として互いの私室、書簡、交友関係へ干渉しない。 職務上の判断へ圧力をかけない。 公務上必要な場合を除き、身体的接触を求めない。 婚約解消後、金銭的・政治的・感情的な返礼を要求しない。 さらに。「第十四条。互いの過去の恋愛関係について、必要以上に質問しない……」 ローデリクが読み上げる。「そこも契約に?」「必要だと思って」
第30話 狼王から、契約婚約を提案されました アルドリックが「明日、一つ君に話がある」と言った夜、ミレイアはほとんど眠れなかった。 理由は分かっている。 ローデリクが見つけた適用除外条項。 王族の正式な婚姻予定者として王室簿へ登録された外国人は、外国人特別官の保証人要件を受けない。 つまり。 月律審理官へ戻るための方法が、一つだけ残っている。 王族と婚約すること。 そこまで考えれば、アルドリックが何を話そうとしているのか、想像するのは難しくなかった。「……でも」 客室の寝台で毛布を胸まで引き上げたまま、ミレイアは暗い天井を見つめた。 王族なら誰でもいいのだろうか。 ノクシア王家には傍系もいる。 遠縁の王族を探す方法だってあるかもしれない。 何より、アルドリック自身は国王だ。 王の婚約は、ただの書類上の措置では済まない。 国内政治。 外交。 王位継承。 貴族社会。 全部へ影響する。 だから、まさか。 そこまで考えてから。 橋の上で自分を庇った背中を思い出した。『君に、ここにいてほしい』 昨日。 アルドリックはそう言った。 仕事だけなら、別の人間を探せばいい、とも。「……寝られるわけないじゃない」 結局、夜が明ける頃まで何度も寝返りを打った。 翌朝。 ニーナが部屋へ入るなり、ミレイアの顔を見て眉をひそめた。「眠っていませんね」
第29話 誰も私の保証人になれない 国王アルドリック・ノクスの保証申請が却下された日の午後、ミレイアは初めて、自分の名前が書かれていない月律審理官室の扉を見た。 正確には、名前だけが覆われていた。 銀文字で刻まれた《王立法務院特別職・月律審理官》という職名はそのままだが、その下に取り付けられていた「ミレイア・セレス」の名札だけに、白い布が掛けられている。 解任されたわけではない。 任官停止でもない。 それでも、独立した調査権を使えない間は、法務院の規定上、責任者名を表示できないのだという。「……思ったより、嫌ですね」 扉の前で立ち止まったミレイアが言うと、隣のニーナも白い布を見上げた。「取ってしまいます?」「駄目です」「誰も見ていなければ」「もっと駄目です」「では、私が毎朝少しだけめくります」「何の意味があるの?」「ミレイア様のお名前が、まだそこにあるか確認します」 冗談だと思った。 けれどニーナは、意外なほど真面目な顔をしていた。 ミレイアは少しだけ胸が温かくなり、扉を開けた。「なくなりませんよ」「はい」「少なくとも、私が自分から辞めるまでは」「それなら安心しました」 室内は何も変わっていない。 机も。 本棚も。 昨日まで積み上げていた申立書も。 変わったのは、ミレイアがその書類へできることだけだった。 机に着いて一番上の申立書を開く。 王都西区の女性。 婚約契約の解除を申し出たところ、家族から「番候補を拒否するな







